社会福祉法人 徳充会

介護のお仕事

障害者支援施設

能登にも障がい者が安心して暮らせる施設を!

昭和50年代の能登では、生まれつき、または事故や病気で障がいを持たれ、自宅での生活が困難になった場合、金沢や加賀にある施設へ入所するケースが多く、特に奥能登からでは、列車やバスを乗り継ぎ、移動の為に半日近くを費やす時代でした。

そのような状況で、施設への面会や、自宅への一時帰省などは気軽に行えず、「能登に、障がい者やその家族にも、便利で安心な施設がほしい!」そんな多くの声が、神野病院(現在の恵寿総合病院)病院長であった神野 正一のもとに寄せられ、「身体障がい者の全人間的復権(人間らしく生きる権利の回復)」を目指し、昭和59年(1984年)10月に【徳充会】が誕生しました。
photo:昭和61年に撮影されたの青山彩光苑の裏庭

昭和60年(1985年)4月、石川県七尾市青山町の小高い丘に、県内初となる「リハビリテーションセンター」を開設し、能登の各地より、たくさんの利用者さまが集い、平成元年(1989年)には「ライフサポートセンター」を開設、重度障がい者への更なる支援が行えるようになりました。

開設後は好評を戴き直ぐに満床となり、平成5年(1993年)に地域交流ホームを含めた新施設の増築を行い現在に至ります。

※A:リハビリテーションセンター
 B:ライフサポートセンター(西館)
 C:増築したライフサポートセンター

そして平成17年(2005年)には穴水ライフサポートセンターを開設、平成25年(2013年)には、同じく穴水町にある石川県精育園(主に知的障がいを有する方が利用)を指定管理者として運営。奥能登であっても住み慣れた土地から遠く離れることなく、安心して支援が受けられるようになりました。

ちなみに、「重度の障がいがあっても、その障がいを乗り越え 共通の楽しみと安全な競技を!」と、昭和61年(1986年)に青山彩光苑で『風船バレーボール』が考案され、翌年に日本初の大会を開催! その後、風船バレーボールは全国へと普及していきます。
photo:平成2年撮影。当時は「寮母さん」と呼ばれていた介護職

障害者支援施設として

障害者支援施設 青山彩光苑 障害者支援施設とは、障がいを持たれる方(18歳以上)に施設入所支援《夜間から早朝》と日中活動系サービス《生活介護・自立訓練(生活訓練)(機能訓練)・就労移行支援・就労継続支援B型》を行う社会福祉施設です。

法的には「施設入所支援(お泊まり)」と「日中活動系サービス」は別々のサービスとなっており、どちらかの支援を他の施設で受けることが出来ます。

青山彩光苑ライフサポートセンターでは上記の両方をここで利用される方が多く、それに合わせた支援計画を立てています。

入所されている利用者さまは様々で、とても活動的な方、意思疎通が困難な方など、それぞれの個性や障がいに合わせ「その人らしい生き方(Life)」ができるよう、「支援(Support)」を行い、どなたも日々幸せ感じることができる「施設(Center)」としてご利用いただいていおります。

介護職員とは

障害者支援施設 青山彩光苑 ここ青山彩光苑では、昭和60年(1985年)の開設より入所されている方、新しく入所された方など、これまでの生き方を尊重し、希望溢れる支援計画を基に、日々の健康・衛生管理はもちろん、ドライブや外食、ショッピング、お祭りへの参加等々、外出支援にも力を入れています。

利用者さまの幸せと生活を、支え助ける職員を「介護職員」と位置づけています。
ユニフォームは、明るく華やかなオレンジ色! 徳充会の花形職種です。

また徳充会には「介護福祉士」という国家資格を持った職員が223名在籍し(法人の介護職員の半数以上)「身体介護」「相談・助言」「生活支援」の、三領域で業務を行い、利用者さまと、そのご家族の生活をより良い方向に導く重要な存在となっています。さらに「資格手当」が付くため給与面でも優遇されています。

介護のお仕事(夜勤編)

時間は勤務体系により異なる場合があります。

RECENT POSTS

'15年入職(新卒)田鶴浜高等学校 健康福祉科卒《介護福祉士》

青山彩光苑 介護福祉士 高等学校 在学中に介護福祉士の資格を取得し、卒業後はその資格を生かしたく徳充会に就職をしました。 配属先の青山彩光苑ライフサポートセンターでは、介護について3年間学んだこと、実習で教わった事がベースにあったので、初仕事から「完璧にできた!」とはとても言えませんが、先輩たちの手を煩わす事はなかった…かな?  と、勝手に思っています。笑

この仕事でのやり甲斐は、なんと言っても「感謝される」ことがたくさんある! こんなに感謝を戴ける仕事は他にはないですね(^^) ですが、そのためには常に「相手の立場になって考えること」、この当たり前のことが、気を抜くと自分本位になっていたりするので、とても恐ろしいです。笑

今は「素早く丁寧な仕事をする」、利用者さまの心や身体の状態が「いつもと違う」という変化を、いち早く感じ取れる!という理想像を自分の中で掲げて、毎日頑張っています。
また外出先で、障がいを持たれた方が困っているのを見かけたら、臆することなくお手伝いができるようになりました。
しとやかな性格の…? 私にとってはかなりの進歩だと思います。笑

'16年入職(新卒)田鶴浜高等学校 健康福祉科卒《介護福祉士》

青山彩光苑 介護福祉士 僕、「双子の兄です!」
あ、一緒に写っているのは弟じゃないですよ、笑

物心ついた頃、大好きなおばあちゃんが加齢で動けなくなったとき、どうなるんだろ? と思い巡ったのをきっかけに、介護や福祉について学べる高校に進もうと決めました。 そんな思いを双子の弟に告げると「僕も同じ事を思っていた」と…、(双子のシンパシーって!!) そして弟と一緒に田鶴浜高等学校 健康福祉科に通い、介護福祉士の資格を取り、同じく徳充会に就職をしました。 さすがに配属先は全く別の施設となりましたが…笑。

職場では高校3年間で学んだ知識と、実習で身につけた武器を手にバリバリ働くぞ!と思っていましたが、さすがにこの道、ん十年の猛者…じゃなくて、先輩たちの仕事の緻密さとスピードには全く追いつけず、僕はただその場に“立っている”だけの新人に見えたことでしょう。 そんなこんなで今年3年目になります。

つらい事もたくさんありますが、それを上回る喜びがあるのがこの仕事です。「人の役に立てる」「感謝の言葉を頂ける」それが僕にとって最大の喜びです☆

これからも利用者さまの人生に深く寄り添い、笑顔で、役に立つ介護士を目指し続けます。
きっと、双子の弟も同じ事を思っているんだろうなぁ~笑

P.S. おばあちゃんは まだまだ元気で、僕の活躍は当分必要ないと思います(^^)